1981年5月31日以前に着工した大規模なホテル・旅館には、改修・建替え・閉館という3つの選択肢しか残されていない。建築物の耐震改修の促進に関する法律の附則第3条により、これらの建物は耐震診断の実施と所管行政庁への報告が義務づけられ、その結果は自治体のサイトで公表されている。札幌市は2026年4月1日、名古屋市も同日付で一覧を更新した。本記事は、3つの分岐をそれぞれ実際に選んだ施設を1件ずつ取り上げ、客室数・休館期間・再開時期の公表値から分岐の条件を整理する。
| 分岐 | 施設 | 所在 | 客室数 | 休館・閉館 | 再開・その後 |
|---|---|---|---|---|---|
| 改修 | 富士屋ホテル | 神奈川県箱根町宮ノ下 | 148→120室 | 2018年4月〜(27か月) | 2020年7月15日 再開 |
| 建替え | 札幌パークホテル | 札幌市中央区南10条西3丁目 | 216室 | 2027年2月28日 閉館 | 建替え計画を推進(再開時期は未公表) |
| 閉館 | 定山渓ホテル | 札幌市南区定山渓温泉西4丁目 | ─ | 2021年5月6日 休館 | 2025年10月 公売で所有者交代 |
※ 本文中の目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 何が公表されているのか ─ 対象は「階数3以上かつ5,000㎡以上」
建築物の耐震改修の促進に関する法律の改正法が2013年11月25日に施行され、附則第3条により「要緊急安全確認大規模建築物」という区分が設けられた。対象は昭和56年(1981年)5月31日以前に新築の工事に着手した建築物のうち大規模なもので、ホテル・旅館の規模要件は階数3以上かつ5,000㎡以上である。所有者は耐震診断を実施し、2015年12月31日までに所管行政庁へ報告する義務を負った。報告された結果は、附則第3条第3項で準用する同法第9条に基づき、所管行政庁が公表する。
公表される評価は3区分に分かれる。震度6強から7に達する程度の地震に対し、Ⅰは倒壊・崩壊の危険性が高い、Ⅱは危険性がある、Ⅲは危険性が低い、という区分である。札幌市は、いずれの区分であっても違法建築や劣化の放置がない限り、震度5強程度の中規模地震で倒壊するおそれはないと注記している。
札幌市が2026年4月1日に最終更新した一覧では、市が所管する区域内の公表対象は全用途で167件、うちホテル・旅館は20件だった。内訳は区分Ⅰが9件、Ⅱが2件、Ⅲが9件で、耐震改修等の工事中は0件である。20件のうち約半数が最低評価に置かれたまま、工事に着手した施設は1件もない。名古屋市が同じ2026年4月1日に更新した一覧でも、ホテル・旅館として掲載された14件のうち「耐震改修」の予定が書かれているのは1件だけで、実施時期は「未定」となっている。
本記事では、判断を公表していない施設は名前を挙げず、件数として扱う。名前を挙げるのは、運営会社または所有者が改修・建替え・閉館のいずれかを自ら公表した施設に限る。
2. 改修 ─ 富士屋ホテル、休館27か月・客室19%減で躯体を残す
耐震補強で建物を残した代償は、休館27か月と客室28室の減少だった。

富士屋ホテル(神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359)は、耐震補強及び改修工事のため2018年4月から休館し、2020年7月15日にグランドオープンした。工期は2018年4月から2020年5月まで、休館期間は27か月に及ぶ。工事内容は運営会社の公表資料に明記されており、建物の柱間に補強材を入れ、壁の中にブレースを入れて構造部を強化した上で、文化的価値を優先した復原を行っている。
数字で見ると、改修の代償ははっきりしている。総客室数は改修前の148室から120室へ28室減った。減少率は約19%である。一方で延床面積は17,896㎡から17,935㎡へほぼ横ばいで、面積は変えずに1室あたりの面積を広げ、室数を落とす設計に振っている。建物は本館が1891年、西洋館が1906年、花御殿が1936年、フォレスト・ウイングが1960年の建築で、いずれも1981年より前の世代にあたる。
改修という選択は、躯体を残しながら室数を削り、単価で回収する形になりやすい。同ホテルの目安価格は1泊2名1室で¥105,000〜¥211,000(通常期)で、再開後は室数の減少を上回る単価帯に移っている。出張利用の価格帯ではないが、「客室を減らして残す」という改修の構造そのものは、都市部のホテルにも同じように当てはまる。
3. 建替え ─ 札幌パークホテル、216室が2027年2月28日で閉館
診断値が最低水準に置かれた216室は、改修ではなく建替えを選び、公表から閉館まで約20か月の猶予を取った。

運営する株式会社グランビスタ ホテル&リゾートは2025年6月11日、札幌パークホテル(札幌市中央区南10条西3丁目1番1号)の営業を、建て替え計画の推進のため2027年2月28日をもって終了すると公表した。同社の公表資料によれば、開業は1964年7月10日、構造は地上11階・地下3階、客室数は216室である。1964年7月に「札幌ホテル三愛」として開業し、1966年5月から現在の名称で営業してきた。
札幌市が公表した耐震診断結果では、この建物は「札幌パークホテル本館」として掲載されている。A・C棟はIs/Iso=0.18、B棟はIs/Iso=0.64で、A・C棟は区分Ⅰ、すなわち倒壊・崩壊の危険性が高いとされる水準にある。2026年4月1日更新時点でも、耐震改修等の予定欄は「未定」のままである。自治体の一覧は所有者からの報告を反映するため、運営側が閉館と建替えを公表した後も、欄の表記が追いつかないことがある。判断の実態を読むには、公表一覧と運営会社のリリースの両方を突き合わせる必要がある。
建替えを選んだ場合の時間軸ははっきりしている。公表が2025年6月11日、閉館が2027年2月28日で、告知から閉館まで約20か月。この間、宿泊も宴会も通常どおり営業する。出張利用者にとって重要なのは、閉館日までは在庫が消えないという点である。同ホテルの目安価格は1泊2名1室で¥20,000〜¥39,000(通常期)で、閉館公表後も札幌の中規模〜大型ホテルの標準的な価格帯にとどまっている。閉館が近づくと値上がりするという単純な動きは、公開販売価格の集計からは確認できない。
4. 閉館 ─ 定山渓ホテル、「耐震改修」と届け出たまま休館4年5か月
改修の予定を届け出ても、資金が続かなければ休館がそのまま閉館になる。
定山渓ホテル(札幌市南区定山渓温泉西4丁目340番地1他)は、定山渓温泉の老舗旅館である。札幌市の公表一覧では、C館がIs/Iso=0.27、D館の1階と4〜7階が0.12、D館3階が0.40、タワー館が0.48と、いずれも区分Ⅰの水準にある。耐震改修等の予定欄には「耐震改修」と記載されているが、実施時期は「未定」のままである。
実際には、同ホテルは2021年5月6日から当面の間の休館に入り、営業は再開しなかった。その後、市税の滞納により札幌市が土地・建物を差し押さえ、2023年から複数回にわたり公売が実施された。北海道建設新聞の報道によれば、築年数の古さなどから売却は難航し、6回目の入札で宿泊施設経営や不動産売買を手がけるキャピタル(横浜市)が落札、2025年10月に土地建物を取得した。休館から所有者交代まで4年5か月を要した計算になる。公開販売価格の集計でも、直近90日の販売は確認できない。
この事例が示すのは、「耐震改修」という届出が実行の担保にはならないということである。改修には設計・施工に加えて休館期間中の逸失利益が乗る。富士屋ホテルの27か月という休館期間を、客室200室前後の地方都市ホテルに当てはめれば、必要な運転資金の規模は容易に想像できる。3択のうち閉館は、能動的に選ばれるというより、改修と建替えのどちらの資金計画も組めなかったときに残る帰結として現れる。
5. 第4の選択肢「未定」と、名鉄グランドホテルの反転
札幌市の一覧でホテル・旅館20件のうち工事中が0件、名古屋市でも改修予定の記載が1件という数字が示すのは、実務上もっとも多い選択が「決めない」であるという事実である。診断結果の報告義務は2015年に果たされているが、その後の工事は義務ではない。区分Ⅰのまま10年以上営業を続けている建物が現に存在する。
もう一つ、判断が外部要因で動く例も出ている。名鉄グランドホテル(名古屋市中村区名駅一丁目2番4号 名鉄バスターミナルビル11〜18階)は2025年3月24日、名古屋駅地区の再開発にともない2026年3月22日をもって営業を終了すると公表した。公表文には「開業以来57年間」と記されている。ところが2025年12月26日、再開発計画のスケジュール延期にともない、3月22日以降も宿泊営業を継続すると発表した(中日新聞2025年12月27日付)。同ホテルは2026年2月11日にも、一部営業継続にともなうレストランの営業変更を公式に告知している。
ここで注意したいのは、この閉館公表と撤回が耐震の問題ではないという点である。名古屋市が2026年4月1日に更新した一覧では、名鉄バスターミナルビルの高層棟・低層棟南ブロックはいずれも「確認できる」、すなわち昭和56年6月1日以降のある時点の基準に適合することが確認できる建物として記載されている。1960年代の竣工であっても診断結果が現行基準相当となる建物はあり、逆に閉館が決まっても耐震とは無関係な場合がある。建物の年代だけで危険性を推し量ることはできない。
6. 出張者と業界関係者が実際に確認できること
確認の起点は自治体サイトである。所管行政庁はホテル・旅館を用途別に分けた一覧をPDFで公開しており、建築物の名称、位置、診断方法、Is値またはIs/Iso値、耐震改修等の予定と実施時期、備考が並ぶ。備考欄には「平成29年4月耐震改修済」のように改修の完了年月が記載される場合もある。掲載されていなければ、対象規模に達していないか、そもそも1981年6月以降の着工である。
建物名と施設名が一致しない点には注意が必要である。テナントとしてホテルが入る場合、一覧には建物名で載り、主たる用途が「百貨店」や「店舗」と表記されることがある。名鉄バスターミナルビルはその典型である。宿泊予定の施設を調べるときは、施設名だけでなく所在地の地番でも照合したい。
業界側の実務としては、閉館公表から実際の閉館までのリードタイムが目安になる。今回の3件では、建替えを選んだ札幌パークホテルが約20か月、改修を選んだ富士屋ホテルが休館27か月、閉館に至った定山渓ホテルが休館から所有者交代まで4年5か月だった。大型案件の代替確保は、公表から1年以内に動かなければ、同一エリア・同一価格帯での置き換えは難しくなる。
よくある質問
Q. 泊まる予定のホテルが公表対象かどうかは、どこで確認できますか?
A. 所在地を所管する行政庁のサイトで確認できます。札幌市は「要緊急安全確認大規模建築物ホームページ」で用途別のPDFを、名古屋市は「耐震診断義務付け対象建築物の耐震診断結果等の公表」で一覧PDFを掲載しています。対象は昭和56年5月31日以前に着工し、階数3以上かつ5,000㎡以上のホテル・旅館です。掲載がなければ規模要件を満たさないか、1981年6月以降の着工です。
Q. 「Ⅰ 倒壊・崩壊の危険性が高い」と公表された建物には泊まれないのですか?
A. 営業は禁止されていません。区分は震度6強から7に達する程度の大規模地震に対する評価で、札幌市は、違法建築や劣化の放置がない限り震度5強程度の中規模地震では倒壊するおそれはないと注記しています。判断材料として公開されている情報であり、泊まるかどうかは利用者が選べます。
Q. 改修・建替え・閉館のどれを選ぶかは、何で決まりますか?
A. 公表値から読めるのは、休館期間中の逸失利益と、再開後に確保できる客室数の2つです。富士屋ホテルは休館27か月・客室19%減で改修を選び、札幌パークホテルは診断値が最低水準の216室で建替えを選びました。改修で客室が大きく減る、あるいは補強で解決しない水準であれば、建替えに寄ります。
Q. 閉館が公表されたホテルの予約は、いつまで取れますか?
A. 閉館日までは通常営業が続くのが一般的です。札幌パークホテルは2025年6月に閉館を公表しましたが、閉館日は2027年2月28日で、それまでは宿泊・宴会とも営業します。ただし名鉄グランドホテルのように、再開発の遅れで営業終了日が動くこともあります。最新の告知は施設の公式サイトで確認してください。
Q. 出張先の代替は、いつから押さえるべきですか?
A. 客室200室規模の閉館が公表されたら、公表から1年以内が目安です。同一エリア・同一価格帯での置き換えは、閉館が近づくほど難しくなります。法人契約を結んでいる場合は、契約更新のタイミングで代替候補を2軒以上確保しておくと、閉館日が前倒しになっても対応できます。
本記事の参考情報
・札幌市要緊急安全確認大規模建築物ホームページ — 制度の要件と診断結果の公表(2026年4月1日更新)
・札幌市「耐震診断結果の公表 ホテル、旅館」(PDF) — ホテル・旅館20件の診断結果と耐震改修等の予定
・名古屋市 耐震診断義務付け対象建築物の耐震診断結果等の公表 — 2026年4月1日更新の一覧
・富士屋ホテル株式会社 リリース(2019年12月17日) — 工期・工事内容・客室数・延床面積
・グランビスタ ホテル&リゾート リリース(2025年6月11日) — 札幌パークホテルの閉館日・開業年・構造・客室数
・名鉄グランドホテル「営業終了のお知らせ」(2025年3月24日) — 営業終了日と終了スケジュール
まとめ ─ 3択を分けるのは工期と客室数
3件を並べると、分岐の条件は単純である。改修は躯体を残せるが、休館期間と客室数の減少という代償を先に支払う。建替えは客室数と単価を作り直せるが、閉館から再開までの空白を埋める体力が要る。閉館は選択というより、前の2つを選べなかった場合に残る帰結として現れる。そして自治体の一覧が示すとおり、もっとも多いのは「未定」のまま営業を続けることである。
2026年4月1日という同じ日付で札幌市と名古屋市が一覧を更新したのは、この判断が特定の1社の問題ではなく、旧耐震世代の大型ホテル全体に共通する経営課題であることを示している。区分Ⅰのまま予定欄が空白の建物が各都市に残る限り、閉館の公表は今後も断続的に出てくる。出張の常宿が突然消えるという事態は、告知を追っていれば1年前には見えている。
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